サンシャワー展にいってみたい

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7/5から始まったらしいサンシャワー展。あまり芸術に触れられない生活が続いていたのでぜひ行きたい。や、美術展なんて東京にいればそこらじゅうでやってるんだけど、招待券がもらえそうだったり、友人が設営に関わってたり、東南アジアという地域をみている点だったりが気になるので。

ところで、展示にはキャプションというものがついてますよね。はっきりと思いだせないけど、「油彩、キャンバス」みたいな素材の情報やタイトルと年代だけのものから、けっこう長い解説がついてるものまでいろいろあったよな気がする。これは一体誰が作ってるんだろう?ってのが気になった。学芸員資格持っててもそういうのは現場で経験しないと全然想像つかないや。実習で触れられればよかったんだけど。

www.kanazawa21.jp

金沢21世紀美術館で出会った衝撃を受けた作品のひとつに、セシル・アンドリュという人の『定時課』というのがある。ネタバレになるが作品の説明をすると、部屋の中に止まった時計と本文が白く塗りつぶされた本が置いてあるというだけのもの。それを見ただけじゃ全然意味わかんなかったけど、部屋の入口付近にあった解説を読んで、それは自分が今までに出会った芸術作品の中で最も印象的なものになった。そこに書かれていたのは、この作品がどう生まれたかということについてで、どうやら作者は毎日、一日の決まった時間に決まった本を読み進め、読んだぶんだけ本文を修正液で塗りつぶすということをやったらしい。ここにはその結果だけが止まった時計とともに安置されていて、まあ見た目だけでも白く(黒ではなく!)塗りつぶされた本というのはなかなかの凄味を放っているものなんだけど、そこに至るまでの行為が想像されてしまい感動せずにはいられなかった。というのも、なんの絵も書けず演奏もできず、ことにクリエイティビティを発揮できないことに日々悶々としている自分にとって、作品を生み出さなくたって、芸術的に行動する、芸術的に生きることができるんじゃないか、と思えたから。当時のtwitterをふりかえると「行動自体に芸術性があるというより行動により芸術性が吹き込まれるって感じだろうか?その対象は絵でも彫刻でも音楽でも生き方でもあるかもしれない」とか言ってた。解説があったおかげで、単なる不思議な白塗りの本が一生もののお気に入りになってくれたわけで、解説やキャプションというものが作品に与える影響というのは絶大だなと思うにいたったのです。

『定時課』に関しては解説があることが前提の作品にすら思えるのだけど、じゃあその解説はいったい誰が書いたんだろう?作者と独立の存在が、その作品のもつ意味の引き出され方に重大な影響を与えるなんてことがあっていいんだろうか?とか思って友人に聞いてみたら、作者が書く場合もあるし、学芸員が書いたものに作者がコメントする場合もあるとのこと。自分で解説書いちゃうってのはなんか、ネタの解説する芸人みたいに思えるし、一方でそれも含めて一つの作品と言われれば納得だし、文で書いちゃうならなぜはじめにその媒体を選んだのとか、いろいろ疑問がわいてくる。作者が存命の場合はコメントできるけど、没後の場合はどうすんだ。ま、基本的には言われたい放題だよねえ。いまを生きる人々はそれをはばからないし、はばかる必要性も(理解はできるが)ないようなもんよ。なればこそ、言いたいことは言えるうちに言っとくのがいいし、言われたことにケチつけることもないんじゃないか。そもそも作家ってなんで作るんだろう。それぞれの表現欲の源泉があるんだろうか。

まったくまとまらないのでその道の本でも読んでから整理しなおしたいね(宿題)。とにかくもう夜も遅いのでやめよう

なにはともあれ、新しい視点を手に入れると次にどこかに行くのが楽しみになるね どんどん感動の解像度と感度を上げていきたい